アルティア・ヴェイル/Cahier(カイエ)(Altia Vale / Cahier)

« Back to Glossary Index

特殊メイクと変装技術を専門とする女性。
サー・レジナルド・ストラトンの旧知である私立探偵トマス・ヴェイルと深い関係を持ち、「Cahier(カイエ)」の名で活動する。

彼女の変装は、単に顔や服装を似せる技術ではない。

対象となる人物の表情、声、姿勢、歩き方、視線、手癖、言葉遣い、他者との距離の取り方までを徹底的に観察し、「その人物が周囲からどのような人間として認識されているか」そのものを再構成する。


Cahier ――「記録する者」

Cahier はフランス語で「ノート」「帳面」を意味する。

アルティアにとって観察とは、対象の外見を覚える作業ではない。
一人の人間が世界に残している無数の小さな特徴を拾い上げ、その人物が「その人である理由」を記録する行為である。

彼女が携える観察記録には、一般的なプロフィールよりも、

「考え込むときだけ左手を使う」
「嘘をつくときには視線を逸らさない」
「疲れているときだけ飲み物に砂糖を入れる」

といった、ごく些細な習慣が記されている。

アルティアにとって、人間とは顔ではない。

癖、記憶、習慣、関係、そして他者からの認識。その総体が一人の人間を形作る。

「素顔」というもの

アルティアは、自分の素顔を隠しているわけではない。

むしろ彼女自身が、

「素顔こそが本当の自分である」

という考え方を信用していない。

人間は家族の前、仕事の場、友人の前、一人でいるとき、それぞれ異なる顔を見せる。

そのすべてが偽物ならば、本物とは何なのか。

そのすべてが本人ならば、どれを「素顔」と呼ぶのか。

その問いに対し、彼女は明確な答えを持たない。

時にアルティア自身でさえ、自分がもともとどのような表情をしていたのか分からなくなることがある。

「素顔? ありますよ。たくさん。」

それは冗談であると同時に、彼女自身の存在観でもある。


能力――人間観察と同一性の再現

アルティア最大の能力は特殊メイクそのものではなく、極端なまでに鋭い人間観察能力にある。

顔貌、年齢、性別印象、体格、声質、髪型、服装だけでなく、対象の動作や社会的振る舞いまで模倣することで、周囲の人間に「そこに本人がいる」と認識させる。

そのため彼女の変装は、静止画ではなく行動する人格の模写に近い。

しかし、それは超常能力ではない。

DNA、指紋、虹彩、暗号鍵など、厳密な機械認証を完全に偽装することはできない。

アルティアは、

人間を欺くことには極めて強いが、機械に対しては必ずしも万能ではない。

アルティアとタロス

この性質から、Aegis Guard長官タロス・“Immutable”・グレイヴスは彼女にとって特異な相手となる。

アルティアが扱うのは、

「その人物として認識されること」

である。

対してタロスが扱うのは、

「その人物として認証されること」

である。

アルティアにとって存在とは認識によって成立するもの。

タロスにとって存在とは照合と認証によって確定されるもの。

二人の対立は、単なる変装術とセキュリティシステムの攻防ではなく、

「人間を人間たらしめているものは何か」

をめぐる思想的対立でもある。

アルティアはタロスに対して、こう問いかける。

「あなた……私を見ていないんですね」

そしてタロスは、

「識別している」

と答える。

彼女にとって、その二つはまったく別の行為である。


アルティア自身の矛盾

アルティアは他者を観察し、その人物を再現できる。

しかし、それゆえに彼女自身には一つの問いが残り続ける。

誰からも観察されていないとき、自分は誰なのか。

彼女が恐れているのは「正体が暴かれること」ではない。

誰からも認識されず、名前を呼ばれず、何者としても扱われなくなること。

それは彼女にとって、自由というよりも存在の消失に近い。

だからこそ、アルティアには、自分自身では気づかない「アルティアだけの癖」を覚えている人物が重要になる。

変装を見破る人物ではない。

どれほど姿を変えても、

その中にアルティア・ヴェイルを見つける人物。

それが彼女にとって、「本当の自分」という問いに対する数少ない外部からの答えとなる。


思考の森Projectにおける主題

アルティア・ヴェイル/Cahierが担うテーマは、

「観測と同一性」

である。

人間は何によって、その人であるのか。

顔なのか。
名前なのか。
記憶なのか。
行動なのか。
他人からの認識なのか。
あるいは、そのすべてなのか。

彼女自身も、その答えを知らない。

だから観察し続ける。

そして記録し続ける。

「鏡に映るのは、誰が決めるの?」

これが、アルティア・ヴェイルという人物を貫く問いである。


トマス・ヴェイルとの関係

血縁としては父方の伯父。

アルティアがまだ幼い頃、家庭の事情によってトマスのもとで暮らすようになり、そのまま彼が保護者となった。

ただし二人の関係は、いわゆる「仲の良い父娘」とは少し違う。

元軍人であり、現在は私立探偵であるトマスは、人間を慰めることよりも、

「何が起きた」
「誰が何を見た」
「何が残っている」

を確認することを先に考える人間である。

アルティアもまた、その環境の中で育った。

トマスは彼女に変装を教えたわけではない。

彼が教えたのは、もっと単純なことだった。

「人間を見ること」

だった。

服装ではなく、靴を見る。
言葉ではなく、言葉を選ぶまでの間を見る。
証言ではなく、証言から抜け落ちたものを見る。

アルティアの異常なまでの観察能力は、特殊メイクの学校で身についたものではなく、もっと以前から育っていた。

トマスにとって彼女は娘同然である。

しかしアルティア自身は、ときどき彼を、

「私という人間を最も長く観察している人物」

として認識している。

そして、おそらくそれこそが二人の関係の本質である。


本名――アルティア・ヴェイル

Altia Vale は偽名ではなく、彼女の正式な名前である。

ただしアルティア自身は、そのことにあまり特別な価値を置いていない。

彼女にとって「本名」とは、

その人間が最初に与えられた識別名

にすぎない。

「名前を変えれば別人になるのか」

という問いに対して、アルティアは否定する。

だが同時に、

「名前が変わっても同じ人間なのか」

という問いにも、簡単には肯定しない。

名前は人間そのものではない。

しかし、名前によって形成される関係や記憶は、確実に人間の一部となる。

だから彼女は自分の本名を捨ててはいない。

アルティア・ヴェイルという名前には、

トマスに呼ばれた記憶があり、
幼少期の記憶があり、
失敗した記憶があり、
まだ何者にもなっていなかった頃の自分がいる。

彼女にとって本名とは、

最も古い自分の記録

なのである。


Cahier(カイエ)の由来

Cahier はフランス語で「ノート」「帳面」。

この名前は、アルティアが特殊メイクの仕事を始めた頃に使っていた一冊の観察帳に由来する。

彼女は仕事で出会う人間について、奇妙なほど細かい記録を残していた。

顔の輪郭や化粧の色ではない。

「話を終える直前に一度だけ唇を噛む」
「怒ると声量ではなく発音が明瞭になる」
「相手を信用すると椅子に深く座る」

そんな記録ばかりだった。

あるときトマスが、そのノートを見て言った。

「お前は人間を覚えてるんじゃないな。書き写してるんだ。」

アルティアは答えた。

「忘れないためです。」

するとトマスは、

「違う。忘れたあとでも、その人をもう一度見つけられるようにだ。」

と言った。

後にアルティアが潜入任務で活動名を必要とした際、彼女はその観察帳の表紙に書かれていた一語を選んだ。

Cahier.

だからカイエは偽名というより、

彼女の方法論そのものを名前にしたもの

である。

アルティア・ヴェイルが一人の女性の名前なら、

Cahierは、

「観察し、記録し、再現する者」

という職能の名前になる。


アルティア自身だけに残る無意識の癖

アルティアには、自分自身でもほとんど認識していない癖がある。

深く考えるとき、左手の親指で右手人差し指の第二関節を一度だけ撫でる。

ほんの一秒にも満たない動作である。

本人は知らない。

特殊メイクでも消えない。
声を変えても消えない。
男性を演じても、高齢者を演じても消えない。

むしろ彼女が「完璧に誰かを演じよう」と集中すればするほど、ごくまれに現れる。

トマスだけが、それを知っている。

だから彼は、顔を見てアルティアを見抜くわけではない。

ある日まったく別人の姿で現れたアルティアに対しても、彼は何事もなかったように、

「コーヒーならそこだぞ、アルティア。」

と言う。

当然、彼女は驚く。

「……なぜ分かったんです?」

トマスは答えない。

その後になって彼女が問い詰めたとき、ようやく、

「お前は考え込むと、そこを触る。」

と自分の指を示す。

アルティアは自分の手を見る。

「そんな癖、ありません。」

そしてトマスは、

「だから俺が覚えてる。」

と答える。

« Back to Glossary Index
タイトルとURLをコピーしました