アイガイオン経済圏において、現在の職務や生活形態では十分な経済参加を維持できないと判定された住民を、別の役割へ移行させるための包括的支援制度。
対象者は、Economic Participation Status において Reallocation またはそれに準ずる状態へ移行した住民。
制度上の目的は、
「住民を経済圏から脱落させるのではなく、適切な役割へ再接続すること」
とされる。
一見すれば極めて手厚い社会保障制度である。
失職。
疾病。
障害。
加齢。
産業構造の変化。
自動化による職務消失。
そうした理由で従来の仕事を続けられなくなった住民に対し、都市側が新しい役割を提示する。
しかし、そこには一つの前提がある。
「参加し続けること」そのものは選択肢ではない。
基本理念
再配置プログラムの公式理念は、
No Talent Wasted.
――いかなる能力も無駄にしない。
とされる。
この言葉だけを見れば、人間中心的で温かい制度に見える。
実際、アイガイオンは住民を簡単には切り捨てない。
病気になれば治療する。
身体能力が低下すれば補助機器を与える。
今の仕事ができなくなれば、別の仕事を探す。
しかし、制度の本質は、
「その人が何をしたいか」ではなく、「どこならまだ機能できるか」
を探すことである。
再配置の流れ
再配置プログラムは、おおむね四段階で進む。
- Assessment Phase ―― 評価段階
健康状態、技能、職歴、認知能力、身体能力、心理状態、適性、教育歴などを総合的に評価する。 - Matching Phase ―― 適合段階
都市内で不足している職務、将来需要、本人の能力、再訓練コストなどを照合し、複数の候補職務を提示する。 - Retraining Phase ―― 再訓練段階
新しい職務へ適応するための教育、訓練、治療、補助機器の導入などを行う。 - Placement Phase ―― 配置段階
新しい職務へ正式に移行し、一定期間の試験参加を経てEPSが再評価される。
制度上は「本人との合意形成」を重視するとされる。
ただし、提示された候補すべてを拒否することは、経済参加の継続意思がないと判断される可能性がある。
「選べる」。
しかし、
選ばないことには代償がある。
適性評価
再配置プログラムでは、本人の希望も考慮される。
ただし優先順位は、
本人の希望よりも、
都市全体の需要との適合性
に置かれる。
例えば、熟練した建築技術者が身体障害によって現場へ出られなくなった場合、
設計補助。
品質管理。
遠隔監督。
教育担当。
などへの再配置が提案される。
制度側から見れば、
「その人の価値を失わせないための合理的支援」
である。
住民側から見ても、生活を維持できるため、多くの場合は受け入れられる。
だからこそ制度は支持されている。
再配置候補の提示
対象者には、通常一つではなく複数の候補が提示される。
これは制度が「強制労働」ではないことを示すためでもある。
例えば、
Candidate A
Logistics Monitoring Operator
適合率:92%
Candidate B
Infrastructure Data Reviewer
適合率:87%
Candidate C
Training Support Assistant
適合率:81%
といった形で提示される。
しかし重要なのは、
候補に「何もしない」は存在しない
ということ。
この時点ですでにTINAが働いている。
「A、B、Cから自由に選べる」。
しかし、
A、B、Cを提示したのは誰なのか。
という問いは、制度の外にある。
本人の希望
再配置プログラムでは、住民の希望を完全に無視するわけではない。
むしろ表向きには、
自己選択型再配置(Self-Directed Reallocation)
が奨励されている。
本人が、
「この分野なら働きたい」
「この技能を学びたい」
と希望した場合、その実現可能性が評価される。
しかし、
訓練期間が長すぎる。
需要が少ない。
必要資源が大きすぎる。
将来的な雇用可能性が低い。
と判断された場合、
Not Recommended
となる。
禁止ではない。
ただし、都市側の支援対象から外れる。
この「禁止しない」という設計が、アイガイオンらしいです。
再訓練
再配置対象者には、かなり高度な再訓練制度が用意されている。
VR訓練。
遠隔教育。
専門資格取得。
身体リハビリ。
認知補助。
義肢・補助機器。
必要に応じて心理支援まで行われる。
したがってアイガイオンの再就職率は非常に高い。
外部から見れば、
「世界でもっとも失業者を見捨てない都市」
と評価されてもおかしくない。
問題は、
その支援が、
人間の尊厳を守るためではなく、経済参加能力を回復させるため
に行われていることにある。
再配置拒否
住民には再配置を拒否する権利がある。
ここは明文化されている。
しかし、拒否した後も同じ生活条件を維持する権利までは保障されない。
再配置候補を継続的に拒否した住民は、EPSの再審査対象となる。
一定期間後、
Restricted
あるいは
Suspended
へ移行する可能性がある。
制度側はこれを処罰とは呼ばない。
「経済参加意思に基づく資源配分の再調整」
と説明する。
つまり、
拒否する自由はある。
拒否したまま同じ条件で暮らす自由はない。
成功例
この制度が厄介なのは、実際に多くの人を救っていること。
事故で片脚を失った作業員が、
遠隔監視業務へ転換する。
視力を失った技術者が、
音声解析担当へ再配置される。
高齢の熟練工が、
若手教育担当になる。
育児中の住民が、
短時間の遠隔業務へ移行する。
こうした成功例が大量に存在する。
だから住民自身も、
「再配置プログラムは良い制度だ」
と本気で考えている。
そして、それは嘘ではない。
失敗例
問題は、
再配置できない者
である。
重度障害。
進行性疾患。
長期療養。
高度な介護依存。
認知機能の著しい低下。
複数回の再訓練失敗。
こうしたケースでは、制度は徐々に冷たくなる。
支援期間が延長される。
別の職務が提案される。
補助技術が導入される。
それでも改善が見込めない場合、最終的に、
Participation Recovery Probability: Below Threshold
と判定される。
この瞬間、
人間は「支援対象」から、
資源配分の対象
へ変わる。
再配置プログラムと福祉
アイガイオンでは、「福祉」という言葉はほとんど使われない。
代わりに、
- Human Resource Recovery
- Participation Support
- Reallocation
といった表現が使われる。
なぜならオリュンピュアの思想では、
人を「守る」ことより、
再び機能させること
の方が重要だからである。
だから再配置プログラムは、
福祉制度に見える人的資本修復システム
とも言える。
再配置プログラムの善意
重要なのは、制度運営者の多くが悪人ではないことです。
担当職員は本気で対象者のことを考えている。
医師も、
カウンセラーも、
職業訓練員も、
「もう一度働けるようになってほしい」
と思っている。
だからこそ怖い。
彼らは、
「働かなくても、この人の尊厳は守られるべきだ」
という問いを、そもそも制度上持っていない。
善意はある。
しかし、その善意が向いている先が、
経済参加の回復
なのである。
ジン財団との対比
再配置プログラムは、
「もう一度、役割を持てる場所へ戻す。」
ジン財団は、
「もう一度、自分で人生を選べる場所へ戻す。」
似ている。
だが、目的が違う。
アイガイオンは、
社会へ戻す。
ジン財団は、
本人へ人生を返す。
この差はかなり大きい。
TINAとの関係
再配置プログラムは、TINAを最も優しい形で実装した制度と言える。
あなたにはまだ道があります。
そう言って、いくつもの候補を提示する。
だから一見すると、TINAとは正反対に見える。
しかし本当の問い、
「そもそも経済参加し続けなければならないのか」
だけは、最初から選択肢に入っていない。
つまり、複数の道を用意することで、より大きな一つの道から外れられなくする。
これが再配置プログラムの構造である。
再配置プログラムは、誰かを見捨てるための制度ではない。
むしろ、可能な限り見捨てないために作られている。
ただしそれは、
「人間だから見捨てない」のではない。
「まだ機能できる可能性があるから見捨てない」のである。
その違いが見えなくなったとき、
アイガイオンという都市は完成する。

